保険でも「良い治療」は可能なのか

保険の範囲内で治療費を安く抑えながらも、「良い治療」を受けたい、と思われる方は多いと思います。ところがそれはしっかりとした治療を行っている歯科医院からすると大変に困難な事です。歯科の保険の診療報酬は大変低く、保険診療だけで採算を取る為には材料や時間が著しく制約されてしまう、ということがこの背景にあります。入れ歯や銀歯を作る技工士も過酷な労働条件である上、大変に安い報酬しか得られません。技工士の離職率は7割と言われており、近い将来、歯を作る技工士がいなくなってしまうおそれが有ります。国が作った保険制度ですが、歯科の場合はこのような現実があります。

参考 「崩壊しつつある歯科医療」(保険医協会製作)
   http://hodanren.doc-net.or.jp/kenkou/sika/houkai.pdf

保険医協会が保険で良い治療を、というスローガンを挙げて活動しているのは医科ではなく、歯科だけです。

保険の範囲外=高い治療、ぜいたくな治療、と思われる方も依然として多いようです。比較の対象である保険診療が大変に安いのですから、そう思ってしまうのも無理もありません。しかし、歯科の場合、そうではありません。

医院側としては、少ない人員でも良い医療が提供できるよう、スタッフを訓練するなど、様々な努力を重ねています。しかし、どんなに効率化やコスト削減を行っても、歯科医療は家内制手工業の域から脱却することはできません。入れ歯や銀歯を海外の工場で大量生産し、S、M、Lサイズのなかから選んでもらうことはできないからです。人間が手作業で行っている事なので、機械化された産業と同じようにはいかないのです。また、受付や歯科衛生士などのスタッフを機械化して省くこともできません。

いろいろな物が安く手に入る時代になっているのに、歯の治療費は何故安くならないのか、疑問に思われる方は多いと思いますが、前述の通り医療の性質上、効率にはどうやっても限界があります。

良い歯科治療は精密な処置の連続の上に成り立っています。それには十分な時間が必要であり、あまりに治療時間が短い(ニアリーイコール、治療費があまりに安い)と治療の質が保証されない、ということにつながります。つまり、良い治療を皆様に提供するためには十分な時間が必要である、と言うことです。

時間をかけて確かな処置を行うことによって治療結果が永く保たれることにつながります。治療に時間をかけるということは良いことなのだ、と思って頂きたいです。歯科の場合、技術や治療の質は直接目に見えないため、実感していただけないことが多いです。逆に言うと、患者さんの目に見える部分だけを良くし、あとは手を抜いてもそれを気付かれることはまずありません。

できるだけ安い治療で良い、と思われる方は多いとおもいます。しかし、耐震強度が偽装されたマンションを欲しい人がいないのと同じように、安全や質の限界を下回る安い治療を希望される方はいないのではないでしょうか。保険中心の医院は余りに保険の治療費が安い事への対策として、診療の質を落とす(行程や説明を省く、簡略化する、手抜きをする、虫歯を取り残す、できるだけ安い技工所に依頼する、処置を小分けにする、無資格者に歯の掃除や治療の一部をさせる、材料やグローブを使い回す、最小限の治療しか行わない、多くの患者さんをまとめて治療する、など)ことをしています。

当院では治療の質を重視し、このようなことを一切行っていません。できることなら、と前置きした上で、保険外の治療を患者さんに勧め、なるべくは自費で治療を行って頂いています。それは悪徳でもうけ主義だから、ではなく、良い治療を行って患者さんの歯を本当に治したい、という主義だからです。

歯を大事にするには、信頼できる医院を見つけ、そこで自費で治療を行うのが一番であると思います。銀歯が取れたらまた銀歯を保険で作ればよい、と思っていると、ある時突然抜歯しないといけない、と言われてしまいます。そして、それを伝えた歯科医を抜きたがる悪い歯医者だ、と思ってしまう、といった誤解にもつながります。私は、「良い治療」をすることにより、患者さんの歯を守りたいと思っています。歯科医はその為に存在しています。

注) 当院は完全自費の医院ではなく、保険診療も行っています。保険で治療して欲しい、とのお申し出はお断りしません。また、自費診療の場合は必ず事前に十分な説明を行った上で費用を明らかにし、患者さんの同意を得ています。