「トラブルが急増」の背景

インプラント治療によるトラブルが急増していると、2012年にNHKのクローズアップ現代という番組で取り上げられました。私から見るとこの放送の内容には偏りがあったため、私は当時、クローズアップ現代の番組サイトに意見を投稿しました。

http://www.nhk.or.jp/gendai-blog/100/106598.html

2015年にクローズアップ現代の「やらせ問題」が発覚し大きく報道されました。2012年に放送されたインプラントの回でも、事実を丹念に取材し、客観的に報道する姿勢が欠如していると私は当時から思っていました。

インプラント治療に関わるトラブルが増えていること自体は確かであるとして、(「トラブル」の定義はここではあえてしません)なぜトラブルが発生するのか、またはトラブルが増えているのか、その理由をクローズアップ現代の放送とは異なる、一歯科医の視点から考察してみます。

1.インプラント治療を受ける患者さんの数が増え、インプラントの埋入本数が増加した。それに伴いトラブルの件数も増えた。

分母の数が増えれば同じトラブル発生率でも絶対数が増えるため、インプラントが普及するに伴い、トラブルも増加している可能性があります。

2. 費用が高額な為、トラブルが顕在化しやすい

高額の費用を払うので、過度の期待をする患者さんがいらっしゃいます。たとえば、もっと綺麗になると思った、歯の色や形が気に入らない、などとおっしゃる方が見えます。歯の形、大きさ、位置、歯肉の形、量、などは状態によってはご本人の理想通りにならないことがあります。事前によく相談することが必要ですが、患者さんとしては、説明を受けていても実際に治療が完了するまでイメージが湧かない部分があることも事実です。

また、比較的少額であるならば訴え出よう、とまでは思われないことでも高額であった場合は納得できないと思われるのは当然の心理かも知れません。

3. 治療の計画に欠陥がありそれがトラブルの元となっている

インプラントを行いたいが、本数を少なくしたいと患者さんからのご希望が多々あります。患者さんと私の間で、必要な本数の認識に大きなズレがあります。たとえば、3本必要な場合、1本ではどうか、といった具合です。なぜそこまで大きなズレがあるのかよくよく聞いてみますと、ご自身の歯と連結したブリッジにしたいと思われているから、であることが多いです。

咬合時の歯とインプラントの沈下量が異なるため、天然歯との連結は行ってはいけないことになっています。このように治療すると、歯かインプラントのどちらかに問題が生じ、噛めない、腫れる、ぐらぐらする、痛い、といった結果になってしまう可能性が高いからです。

このような無理な設計をすると、後々のトラブルの元になります。患者さんの意見に迎合しない事がトラブルを避けることになりますし、責任有る歯科医の取るべき態度である、と思います。しかし、患者さんの求めに応じてか、無謀な治療を行ってしまう歯科医が世の中にはいます。費用を抑えたいというニーズから、このようなケースが増えているのかも知れません。

4. 社会的に印象の強い事件が発生し、注目が高まっている

週刊誌で報道があったように、豊橋市の歯科医院でインプラントの使い回しがあったようです。この医院では失敗したインプラントを他の患者さんに使っていたようです。相手に分からなければ何をしても良い、と思っている倫理観が欠如している人間は歯科のみならず、どの業界にも居るとは思います。人間の倫理観は高度な教育の賜物であります。歯科医にも当然倫理観を重視し、経済的な利益を過度に追求しない態度が求められますが、それは患者さんからは判断できないため、このような事件が起こるのだと思います。このような事件があるとインプラントに注目が集まり、危険な、つまりトラブルを起こしやすい治療法である、とイメージが付いてしまう可能性があります。

5. 良い入れ歯を作れない医院が存在する/増えている

インプラントは歯が無い部位に埋入し、それを支えに人工の歯を立てる治療法です。歯が無い所にはもともとは義歯が入っていたか、何も入っていなかったか、のどちらかであると思われます。歯科医の腕や、保険による著しい制約のため入れ歯が痛い、噛めないなどの不具合が多々発生し、解決法としてインプラントが提案されている可能性が考えられます。

6. 大学がインプラント科を創設した事により、トラブルが大学に集中するようになった

2000年頃までほとんどの歯科大学にはインプラント科が存在していませんでした。インプラント学の講座もなく、インプラント科の教授もいませんでした。1980年初頭から、骨結合型でないインプラントによる失敗例が多発したため、日本の歯科大学は当初インプラントに否定的であり、大学関係者でインプラントを臨床に取り入れようとする歯科医はほぼ皆無でした。そのため、大学ではインプラント治療がほとんど行われておらず、留学した一部の歯科医の尽力や、海外での普及により、安全性や必要性が認知され、ようやくインプラント科が創設され始めたのは2000年を過ぎた頃からです。2000年以前に卒業した歯科医は、国内の大学でインプラントの教育をうけていません。

一般的に、大学病院では市井の開業医よりも高度または専門的な 臨床を行っていることが多いです。しかし、インプラント治療の場合、大学の方が後発でした。創設当初は大学病院インプラント科の方が開業医よりも権威でスタンダードである、ということはなかったのです。

少し話が逸れましたが、近年、大学病院のインプラント科が新設され数が増えたため、また、それが徐々に一般に認知されてきて、相談件数が増加した可能性があります。

7.患者さんが雑誌やテレビなどを見て、技術、倫理観のない歯科医院を選んでしまう。

豊橋のインプラント使い回し事件の歯科医院は新聞やラジオで盛んに広告を出していた、とのことです。豊橋の歯科医師会が何度も東愛知新聞社やFM豊橋に中止を申し入れていたにもかかわらず、両社は聞き入れなかったそうです。メディアを信用してしまうのも自己責任と言ってしまえばそれまでですが、両社にも責任はないのでしょうか。私は大いにあると思います。

医療のランキング本、雑誌の歯科特集などで歯科医院を選ぶ方は少なからず存在します。インタビュー形式を取っている雑誌の広告、特集の大半は医院側が費用を払って掲載されています。広告に書いてあることをそのまま鵜呑みにしてしまうと、トラブルにつながる可能性が高いと思います。

8.インプラントの技術が伴わない歯科医がいる、利益を追求しようとするあまり症例を選ばずにインプラントを行う歯科医がいる、

どの程度か、またトラブルの増加にともなってこのような歯科医が急に増加しているのかについては不明ですが、番組内で紹介されていた、上記の様な者の存在自体は事実ではあると思います。

治療に伴って何かしら問題が発生する、という事はインプラント治療に限った事ではないのですが、トラブルを極力回避するためには、患者さん方が宣伝に惑わされず、良い歯科医を選ぶための判断力を高めることと、歯科医師一人一人のレベルの底上げをすることが必要であると思われます。